2015/09/14
神社が多い鎌倉は、お祭りの数も多い。 初夏から秋の深まる頃まで、あちらこちらから お囃子の音が、風に乗って聞こえてくる。 くり返される太鼓のリズム、懐かしい笛の響き。 姿は見えなくても、ああ今年もまた あそこのお祭りが始まるなあと、心が浮き立ってくる。 神社とご縁の深い和菓子屋には、 お祭りに合わせて作られる御菓子があって そろそろだなと、これまた毎年の愉しみになる。 坂ノ下御霊神社の参道に店を構える老舗 「力餅家」に並ぶユニークな"顔"の御菓子は、 9月18日の例祭で行われる「面掛行列」にちなんだ 「福面まんじゅう」である。
「面掛行列」とは「福面」と呼ばれるお面をかぶって練り歩く神事で「福面まんじゅう」は、その11のお面をかたどっている。 *写真一列目左から、天狗・鬼・産婆・翁・福禄寿・異形・ひょっとこ・烏天狗・おかめ・鼻長・爺(お面との照合によって推定)* ギョロリと見開いた目、長い鼻、細長いオデコ...etc. 一つ一つの造作が細かくて、彫刻的。 いずれの面相も、なかなかの迫力である。 手にとると、 焼き菓子の芳香がふうわりと漂い おだやかな幸福感がやってくる。 うすく、やわらかなカステラ生地が、 しっとりなめらかなこし餡を包む和洋折衷。 洋と組んだ和は大成功だ。 食べやすくて、ペロリ... と、いただけるのだが、 食べれば厄除けになり、福を招く という。 恐い顔、すっかり飲みこみ、福となす。 実際のお面を見ると、雰囲気と特長が 饅頭の型に、うまくとらえられているのがわかる。 *写真は、鼻長、烏天狗、翁
「面掛行列」の順番は、神々の先導役として神話に登場する猿田彦(天狗)が先頭で、つづいて二頭の獅子頭を挟み、爺、鬼、異形、鼻長、烏天狗、翁、ひょっとこ(火吹き男)、福禄寿、おかめ(妊婦)、女(産婆=取り上げ)と決まっている。
その後ろに、お囃子、御神輿と長い行列が続くのだが、
なかなか不思議なメンバー構成である。
「猿田彦」は日本書紀・古事記にも登場する神、
「福禄寿」は七福神の一人で、もとは中国道教の神。
他は「鬼」あり、伝説の「烏天狗」あり、
「おかめ」「女」「火吹き男」「翁」「爺」は人間。
しかし「鼻長」は、顔の特長を言っただけで
「異形」に至っては、"普通と違う"という意味だけ。
もはや生物の種類になっておらず、果たして神か人間か...
異次元と現実が交錯する世界になっている。
「面掛行列」のルーツは、仏教の布教のために
お面をかぶって境内で踊った仮面劇*だという説がある。
目鼻の大きい、現実離れした面相は
シルクロードの異境の民の顔を象っていると...
たしかにお面を見ていると、
恐い顔なのにどこかユーモラスだったり、
どうしてそんな顔なんだろうという驚きがある。
お面に写し込まれているのは、もしかしたら
初めて異境の民に出会った時の恐怖や、緊張、
それでも沸いてくる好奇心や、ワクワク感など
昔の人が経験した感覚や、心の動きなのかもしれない
そこに日本の民間信仰、願いや祈り、
エンターテイメントの要素が織り交ぜられ
儀式としての形が出来上がっていったのではないだろうか。
実はこの「面掛行列」は、もともと
江戸時代まで(1986年に神仏分離令が出されるまで)
"鶴岡八幡宮寺"の行事として
8月15日の放生会の時に行われていたもの。
御霊神社は、明治という新しい時代によって
はからずも、その歴史を引き継いだのである。
「面掛行列」は一年に一度しかないけれど、
「福面まんじゅう」をいただきながら
何度でもその謎めいた歴史を思い、
想像は自由に広げられる。
これもまた、愉しからずや。
*仮面劇=
奈良東大寺に今でも伝わる かぶり型面の「伎楽<ぎがく>」のこと。
奈良時代に寺院で盛んに上演されたといわれている。
インド発祥で東南アジアやシルクロード周辺に広まり、日本に伝えられたため
彫りの深いさまざまな人種の面相の影響がみられると考えられる。
*2015年の「面掛行列」は、大雨のため中止となりました。また来年!
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「福面まんじゅう」は、
坂ノ下の御霊神社参道入口に
江戸時代中期(元禄年間)から約三百年つづく
「力餅家」で、紫陽花の季節が終わった頃から作られます。
鎌倉市坂ノ下18-18
0467-22-0513
am9:00-pm6:00
坂ノ下御霊神社は、別名「権力五郎<ごんごろう>神社」ともいわれ
歴史は古く、平安時代に建立されています。
祀っている権五郎景時の命日とされる9月18日が例祭。
まず境内で五穀豊穣を祈念する儀式「湯立神楽」があり
つづいて、御神輿を担ぎ出し町内を練り歩く「面掛行列」になります。
どちらも演劇的、エンターテイメント性の高い神事です。
この福禄寿のお面は、
鎌倉七福神の一つ。
ふだんは宝物庫に保管されているので
社務所に声を掛けると拝顔できます。
photo&文 中尾京子
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