top of page
執筆者の写真kamakurabonz

「覚園寺&明王院 仲田ご住職のお話が聞きたい!①『覚園寺のペーター』の巻」

更新日:2022年11月20日

2015/08/04 「智」第一弾で、建長寺の高井和尚さまから "一番鎌倉らしいお寺"と教えていただいた覚園寺(かくおんじ)。 「智」第二弾には、その覚園寺と、明王院(みょうおういん)という二つのお寺のご住職で、鎌倉仏教会会長でもいらっしゃる仲田昌弘さんと、ご次男で明王院副住職の仲田晶弘(しょうこう)さんに、ご登場いただきます!(注*)


覚園寺は、「国史跡」にも指定されている、静かな谷戸のお寺です。 林の木立を通っていく境内、十二神将が薬師三尊像お守りする薬師堂など、美しいお寺は、どのような歴史を辿ってきたのでしょうか... (注)*覚園寺住職でいらした仲田昌弘さんは2022年4月から東京・品川寺のご住職を専任されています。覚園寺住職は2019年よりご長男の仲田順昌さんが、明王院住職は仲田晶弘さんが引き継がれています。 ボンズ・チーム(以下B) ご住職は、ご幼少の頃から覚園寺さんにいらっしゃったのですか? 仲田昌弘ご住職(以下、ご住職) 覚園寺で生まれ育って、東京の品川のお寺にしばらくいて、また鎌倉に戻ってきました。子どもの頃は、覚園寺でヤギを飼っていましたよ。 B:えっ、ヤギがいたのですか!今の覚園寺さんからは、想像もつきません。 ご住職:そう。戦中にヤギ。水道もない井戸水の時代でね。 仲田晶弘(しょうこう)副住職(以下、晶弘さん) リアル・ペーター*ですよ(笑) *「アルプスの少女ハイジ」に登場するヤギ飼いの少年 B:覚園寺さんにペーターが(笑)...戦中の頃というと、お寺はどういう状態だったのですか? ご住職:ああ、それはもう、どうしようもない状態。鎌倉中のお寺は皆困っていたけれど、特に覚園寺は、足利尊氏の棟札*があるというので『逆賊』だと。明治維新になってから大正昭和の初期、戦争に負けて時代が変わるまではもう、ずっと冷遇されましたね。 *覚園寺は、鎌倉時代前期に薬師堂が建てられ、幕府執権の北条氏に大切にされてきました。室町時代には足利氏の祈願所として栄え、1354年に薬師堂の屋根を修理した際、足利尊氏が書いたという棟札が、残されています。 B:足利尊氏は、戦中まで随分ひどく言われていたそうですね。 晶弘さん:後醍醐天皇に逆らった恐ろしい国賊の足利尊氏が建てたのはこちらのお寺か、と。足利尊氏の棟札があるのは動かぬ証拠なので。でも、もちろん皆が皆そう思っていたわけではなくて、それでもちゃんとお詣りしてくださる方がいらっしゃったそうです。 ご住職:その当時は、自給自足でね。 B:畑をされていたのですか? ご住職:そうそう。山の恵み、山芋とか、グミとか、いろんなものが山の中にできるとそれを取りに行ったり。山から枯れ枝を集めて薪にする。 B:戦争の前は、関東大震災もありましたね。 ご住職:関東大震災では、御堂もお薬師様もめちゃくちゃになったんです。その頃、住職を引き継ぐために覚園寺に入ったのが先代(=仲田昌弘ご住職のお父さま)で。これはすごい仏さまだ、このままにしておいたらいけないと、今の文化庁の始まりの国立博物館に行ったんですね。鎌倉に覚園寺という寺があると。そこの仏さまがバラバラになっている、今直しておかなかったら一生直らないから見てくれと。そう言って帰ったそうです。 その時、まだヒラの下っ端だったのが、田山方南(文化財の保護で活躍した文化庁の官僚)で、変わった坊さんが来たから行ってみようか...というのが修復のきっかけ。完成したのは戦後、昭和25年くらいかな。 B:ということは戦争の間は、まだまだそのままで、 ご住職:カケラをミカン箱に集めておいて、それを一つ一つ、覚園寺に皆泊まり込みで直していったんですよ。 晶弘さん:片手が落ちたとかってそういうレベルじゃないですからね。全部バラッバラ!昔の写真を見ると、お薬師さまを囲んでいた十二神将の像なんて荒縄で縛った木の束で、ポンと置いてある。たぶんコレじゃないかなあ、と集めて組み立てていったんですね。 B:わぁ、大変な作業ですね。 ご住職:そうやって多くの方のチカラを借りて、御堂も修復されました。先々代も、ああ、これで安泰だ、このままにしておけば大丈夫だよといって、先代にバトンタッチ。それからしばらくして、拝観料をいただいて、時間を区切って境内を拝観というスタイルになったんです。それまで私が子どもの頃なんて、境内で野球やったり、槙の木*にぶら下がったり(笑) *覚園寺の境内中央にあり、樹齢800年ともいわれる立派なイヌマキの木 晶弘さん:ええっ神奈川の名木百選ですよ、やめてくださいよ〜と今言ってもしょうがないですね(笑) B:今私たちが見る覚園寺さんと当時の風景は、かなり違うんですね。 ご住職:まるっきり違うね。木はボウボウに生えていて、切っては薪にして燃やしていた。先代は鎌倉一の貧乏寺だって。それが売りだったんですよ(笑) 竹なんかちょっと放っておいたら、家の中にタケノコが出てくる。 晶弘さん:あ、生えてましたね一本!本当に漫画みたいに、床から盛り上がって突き出てくることがありましたよ(笑) ご住職:あんまりひどいから、私が住職になってからは木を切っていったんです。裏山も。保護法が厳しい時だったものだから、鎌倉市も県も来て怒って*、罰しますよと言う。それでは、もし切らないで事故があったら県と市が責任を持つとハンコ押してくれますか?と聞いたら、ハンコ押さなかったですよ。結局手を入れて、今の姿になったら、皆さん喜んでくれた。 *高度成長期以降、土地の乱開発から山林を保護するために法律が作られたのですが、人工的に植えられた木材用の杉なども需要の激減とともに放置され、山林は荒廃。人が関わってきた山林には、人の手が適度に入ることで、豊かで美しい里山が保たれることが、今ではわかってきたのですが... B:今の覚園寺さんの姿を見られる私たちは、とっても運がいいということですね(笑) ご住職:ちょっとお寺の話を超えてしまうけれど、もともと里山だった鎌倉で、こんなに木が大きくなることは過去なかったでしょうね。 晶弘さん:僕はよく歴史に詳しい考古学の先生(鎌倉の知人)の話を聞くんですけれど、ある意味これだけ緑が豊かなのは、幕府が開かれてから今が一番ですと(笑)だから自然保護の運動する人が「昔の姿を取り戻せ」っていう話をもし一言でもしたら、それはまず何時代の話ですか?と聞くそうです。ちゃんと地質のボーリング調査、花粉の調査をして、昔の鎌倉だったら花粉症は存在しません。杉の花粉が出て来ません。松の花粉がちょろちょろっと出てくるだけで。まわりの一大都市を山の燃料が支えていたわけですから。 ご住職:放置した山林は崖崩れしやすい。かといって山の手入れは手間もコストもかかる。だから今度はぜーんぶコンクリで固めちゃう。あんまりやると牢獄だね...皆さんはそんな風には感じないかな? B:感じます。安全のためとはいえ、コンクリは残念です...。覚園寺さんの境内は、ほとんど地面が土ですね。 ご住職:土のあるところは鎌倉の良さだから、覚園寺と明王院は残そうと。 鎌倉に戻ってきてしばらく、鎌倉中を私は足で歩いたんですよ。土を踏んで歩ける道というのは、山以外、お寺でも案外なかなかないんですね。 B:たしかに、思い浮かぶところが意外と少ないです。 ご住職:舗装して何かここに新しいものを建てて開発するっていう気運には全くならなかったわけですよね。皆で何とか守ってきた結果が、風情を一番残していると言っていただくことに繋がっているのかな。もしかしたら歴代の住職さまがもっとここは残したかったのに...と仰ることがあるかもしれませんけれど(笑) B:お話を伺うと、やっぱり風情を生かすっていう意味では、ご住職のデザインがあったんだなあと感じます。 ご住職:いやいやデザインというより、お金がないのよ。簡単に言ったら(笑) だから事足りればそれでいいわけ。 ただこれがもし、観光中心にして何かしていたら、もっと違っていたとは思うね。あえて、雨や道が悪い時は覚園寺はいっさい閉める。前もって電話してくださっていたら、お詣りのご案内はしますけれど。 B:雨でも歩きやすいように舗装する、というのと逆の発想ですね。 ご住職:でもホントお金はない、それが一番よかった(笑)その代わり、先代たちが残してくれた人脈があるんですよ。金脈以上の人脈がある、これがありがたいです。うん。 B:なんだか、いろんなことが今つながりました(笑) 中世の面影を残すといわれる覚園寺。災害や苦難を何度も乗り越え、守られてきたのですね。しみじみ。「貧乏」なんてご住職はおっしゃるけれど、近代的な造形物をもたない佇まいは、今かえって大きな「豊かさ」を感じさせてくれます。 次回は、ご住職を務めるもう一つのお寺「明王院」のお話です。

■覚園寺(鷲峰山真言院覚園寺) 古義真言宗泉涌寺派 1218年北条義時が大倉薬師堂を建立。 1296年北条貞時が再び元寇がおこらぬことを祈り、僧、心慧(しんえ)を開山として覚園寺をあらためて建立しました。 もとは律・真言・禅・浄土の四宗を学ぶ四宗兼学の道場。 今も毎年8月10日の「黒地蔵縁日」には、薬師堂の手前にある地蔵堂が開かれ、深夜0時から長いお参りの列がつづきます。 鎌倉市二階堂421 電話0467-22-1195 鎌倉駅から大塔宮行きバスで終点 大塔宮下車。鎌倉宮の鳥居に向かって左へ600mほど。 4月27日、8月、12月21〜1月7日、雨天・荒天時は休 拝観料500円 / 境内写真撮影禁止 https://kamakura894do.com/



閲覧数:461回0件のコメント

最新記事

すべて表示

Comentarios


bottom of page